どう対応すれば良かったのか?

先日、某ファミリーレストランで夕食を食べて帰りました。野菜たっぷりの甘酢あんかけ丼を注文し、出てくるまでの間に本を読んでいると、隣の席に老夫婦がやってきました。学生さんのようなウエイトレスさんがオーダーを取りに来て、老夫婦もいくつか食事を注文し、最後に思いついたように旦那様が「ノンアルコールビールを1つ。グラスは2つ。分かった?」と追加しました。いくら孫世代のような若いウエイトレスさんとはいえ、ずいぶん偉そうな口調だなと私は心の中で悪態をつきながら、その様子に耳を傾けていました。「分かりました」とウエイトレスさんは言い、その場を去りました。

 

私の甘酢あんかけ丼が出てきて、美味しく食べていると、隣から何やら不穏な空気が漂ってきました。例のノンアルコールビールに対して、店長さんを呼び出してクレームを入れているようです。

 

旦那「ノンアルコールビールを頼んだらこれが出てきたんだけど」

店長「これがノンアルコールビールです」

旦那「全然ビールの味がしないんだけど」

店長「ノンアルコールビールはそういうものです」

旦那「そうなの?でもこれはビールじゃないな」

店長「そう言われましても…。それではオーダーをキャンセルしておきます。(少し怒り気味に)でもこれがノンアルコールビールなんです。覚えておいてください」

旦那「(逆切れ気味に)そうだとしても、せめて出すときに『こちらがノンアルコールビールです』と言わないと分からないし、このグラスにはビールのマークもついてないよね」

店長「(あきらめたように)分かりました。キャンセルしておきますね」

 

出だしのウエイトレスさんとのやり取りで少し嫌悪感を抱いていた私は、店長さんにどうしても肩入れしてしまいます。自分でノンアルコールビールを頼んでおいて、これはノンアルコールビールではないと言われても困るし、何でこんな理不尽なクレームに下手に出て対応しなければならないのか可哀そうに。店長さんがイラついてしまうのも無理はない、と最初は素直に思いました。ノンアルコールビールは捨てられることになり、オーダーを取り消せば店の売り上げは失われ、隣の老夫婦のテーブルには気まずい雰囲気が流れています。誰も得しない最悪の結果です。

 

ところが、しばらくして、もっと良い対応の仕方があったのではと、ふと考えてみました。十中八九、良くないのは旦那さんです。注文したものが出てきたのに、訳の分からないクレームを入れているのは理不尽なこと極まりありません。それは百も承知で、あえてもう少し上手いやり方はなかったのかと自問してみました。オーダーをキャンセルすることなく、旦那さんにも納得してもらえる妥協点はなかったのかと。食後のコーヒーを飲みながら考えましたが、その場では答えは出ませんでした。皆さんなら、どう対応しますか?もしかすると、同じようなことは介護の現場でも起こっているのではないでしょうか。

 

自宅に戻って、もう一度、ゆっくりと考えてみました。偏見を抱かないように、ウエイトレスさんに偉そうに注文していたことは一旦忘れ、旦那さんの立場になって気持ちを想像してみました。まず、ノンアルコールビールを飲んだ時、初めてだったこともあり、これはいつも飲んでいるビールじゃないと感じたのだと思います。気の抜けたコーラを飲んで、これはコーラじゃないと感じるのと同じです。そこで旦那さんは、ウエイトレスが間違って違うドリンクを持ってきたのだと思ってしまったのです。そこで店長らしき人を呼び出し、これはノンアルコールビールではないのではと言ったら、それはノンアルコールビールだという答えが返ってきて、そこから水掛け論に発展しました。

 

店長さんの言っていることは正しく、ある意味、論破してしまったのですが、会話のどこかで旦那さんも、しまったこれがノンアルコールビールなのか、自分が間違ったと気づいた瞬間があったはずです。そこで論点をすり替えて、ウエイトレスのせいにしてみたり、グラスのせいにしてみたりして押し通したのです。この心の流れが分かれば、妥協点はひとつです。アサヒとかキリンとかのマークがついたグラスを店内から探してきて、それに中身を移し替え、「こちらがノンアルコールビールになります」とひと声かけて出すことで、旦那さんはビールが出てきたような気になって納得してくれるのではないでしょうか。

 

目の前にある液体がノンアルコールビールかどうか、またはウエイトレスが「ノンアルコールビールです」と言うかどうかで争っても仕方ないのです。「たしかにおっしゃるとおりですね。このグラスですとビールとは思えませんよね。失礼しました。今すぐ、ビールらしいグラスに注いで持ってきます」と言えば良いのです。おそらく旦那さんは「これだよこれ。これだったらノンアルコールビールでもビールって分かるから」と言って飲んでくれるのではないでしょうか。

 

 

こうした対応が即興でできる人は素晴らしいと思いますが、私にはできません。でも、相手の立場になって、気持ちを想像し、心の動きを掴むことができれば、もう少し上手いやり方を思いつくこともあります。実際にそれが正解かどうかは分かりませんが、あの対応で良かったのかと、常に自分や他人の言動を振り返る習慣を忘れてはいけませんね。