文化の違いを楽しむ

4月日曜日クラスは、1クラスに10名の外国人の生徒さんがいました。中国の方が7名、フィリピンの方が3名です。これまでも1クラスに外国人の生徒さんが1、2名いるのは普通でしたが、まさか3分の1以上を占めるとは…。今回のクラスはやや特別だと思いますが、今後、外国人の生徒さんが増えてくるのは間違いありません。特に中国から日本に移り住んでいる人々の数は年々増加していますので、介護職員初任者研修に来てくれる人も増えるはずです。そのような状況の中、彼ら彼女たちと共生してゆくためには、互いの文化や思想の違いを知らなければいけません。

 

中国人と日本人は見た目こそほとんど変わらないのですが、文化や思想の違いは少なくありません。文化が異なると、思想(考え方)も違ってくる、その逆も然りと言えます。たとえば、中国人と日本人では肖像権(プライバシー)に対する考え方が全く違います。肖像権(プライバシー)に関して、中国の人は比較的無頓着である一方、日本の人は神経質に思えるほど敏感です。中国人にとって、日常の風景をスマートフォンで写真や動画を撮影して、そのままSNSにアップすることは当たり前。たとえ自分が映っていても、他人が映っていても気にすることはありません。日本人からすると不思議に思えるでしょうが、それが当たり前の感覚として共有しているのです。

 

なぜ肖像権(プライバシー)に関して無頓着(良く言えばおおらか)か、中国人の知り合いに聞いてみたところ、中国はそもそも監視社会であり、日常生活の至るところにカメラが設置されていて、元から肖像権(プライバシー)など存在しないからだと思う、と答えてくれました。ご存じのとおり、中国では全国民が番号で管理され、全ての行動は追跡・把握されているので、今さら肖像権(プライバシー)を気にしても仕方ないのだという意味です。素っ裸で歩いている人にとって、これ以上隠すものがないと表現すれば分かりやすいでしょうか(笑)。

 

もちろん、郷に入っては郷に従えと言われるように、日本では日本人がマジョリティを占めていますので、日本の文化や考え方にある程度は合わせてもらう必要はあります。ただ、受け入れる側も、相手側の文化や思想について知っておくだけで、なぜそのような行動を取るのか、少しは理解できて、歩み寄れるのだと思います。一方的にこちらのルールを押し付けるのではなく、互いに理解しようとした上で、向こうには妥協してもらう、こちらは受け入れるという気持ちのやり取りが大切ですね。

 

 

この発想は、アンガーマネジメントにおける「自分のべきを拡げる」と似ています。どういうことかというと、私たちは常に自分の考えを持っていて(それはそれで良いのですが)、どうしても自分と同じ考えであれば共感するけれど、自分と違う考えについては、ぎりぎり許容できたり、または許容できなかったりするはずです。円グラフを見てもらうとイメージしやすいのですが、怒りという感情が沸き起こるのは、自分とは違って許容できないゾーンに相手がいるときです。簡単に言うと、自分がこうあるべきという幅が小さく、許容できる幅が狭ければ、怒りは生じやすいのです。

自分ごととして考えてみると、私たち教育にたずさわる人たちは(真面目なので)、とかく自分のべきが狭かったりしますが、それを押し広げていく努力や意識が必要だということです。自分のべきは他の人から見れば全くべきではないこともありますし、時代が変わればべきは異なるのです。自分のべきや許容できる範囲を拡げるためには、まずは自分のべきを一度疑ってみて、他人の立場を経験してみたり、また本を読んだりして様々な人々の意見を取り入れて教養を深めることだと思います。そうすることで懐の深い教育者になれるはずですし、そのような教育者がいる学校に湘南ケアカレッジはなりたいと願います。