褒め・認めを仕組化する

「誕生日のお祝いをしてくださって、最高に嬉しかったです。人生で初めての体験でした」とおっしゃってくださいました。そう、Sさんは研修初日が誕生日でした。誰もが緊張している中、授業の最後にハッピーバースデーの歌を歌ってお祝いをしたことで、皆の緊張もほぐれ、とても良い雰囲気に包まれたのを覚えています。湘南ケアカレッジが開校してから10年以上にわたり、スクーリング当日が誕生日の生徒さんや先生方にはケーキ等を贈ってお祝いをしてきましたので、私たちにとってはもはや日常の風景になってしまっていますが、こんなにも喜んでもらえて、続けてきて良かったと改めて思えます。

誕生日祝いはケアカレを開校するまでずっとやりたかったことでした。私が新卒で入社した塾にて、その日が誕生日の生徒さんにカードを渡してお祝いしたとき、「この塾、良い塾なんだね!」と言われたことがきっかけです。当時の私にとっては、これぐらいのことで喜んでくれるのかと不思議に思いつつ、生徒さんが見せた普段とは違った表情を見て、何かを感じたのもたしかです。

 

それ以降、大手の介護スクールや学習塾でも誕生日祝いを提案しましたが、コストや公平性の問題で実現しませんでした。この頃から、自分で学校をやるときには、誕生日祝いをやろうと心に決めていました。実際にやってみるとコストなんて知れていますし、それ以上の価値を提供できています。私は祝ってもらえなかったなんて文句を言う人はいませんし、むしろ誰かが祝ってもらっているのを見て、周りのクラスメイトさんたちも幸せな気持ちになれるはずです。

 

誕生日祝いの文化は、湘南ケアカレッジが大切にしている褒め・認めでいうところの認めに当たります。認めるというと少し上から目線にも思えるかもしれませんが、相手のことを人として見るということです。私たちの社会は、仕事をする中で、意外と利用者さんやお客さんを人として見ていない気がします。効率よく業務を進めるためには仕方ない面もありますが、それが行き過ぎると問題です。

 

その逆も然りで、利用者さんやお客さんもスタッフや職員のことを人として見ておらず、サービスを提供する機械のように扱われてしまうこともあるはずです。お互いさまなのですが、それは実に寂しい関係ですよね。相手のことを認めるためには、まずは相手に興味を持ち、相手のことを知らなければいけません。そこから人と人との関係が始まるのです。

 

前回の手紙にも書いたように、私たちは慣れてくると、次第に褒め・認めを忘れがちです。自分の子どもを褒め、認めるのが難しいのは、お互いの関係性が近すぎるため、相手のことが客観的に見えなくなっているからでもあります。そういった場合、どうすれば良いのかと考えると、やはり「仕組化」することが大切だと思います。たとえば、ケアカレでは誕生日を祝ったり、通信添削で最高点を取った生徒さんを表彰したり、総合演習の実技テストが終わると先生からのみならず、周りの生徒さんたちで互いに良かったことを伝え合う「仕組み」になっています。

 

 

忙しい日常の中では、私たちはつい相手のことを人として見ることを忘れ、褒め・認めが失われてしまいがちですが、「仕組み」があることで我に返ることができます。当たり前のことを当たり前に続けるには、ある程度の「仕組化」が必要なのではないでしょうか。全てを仕組化することはできませんが、できる限りは仕組みにすることで永続化することができるのです。もちろん仕組みはあくまでも仕組みであって、理想は無意識のうちに褒め・認めができているという状態です。褒め・認めは人間関係の潤滑油でもあり、ぜひこれからも人が人として向き合い、喜び合える瞬間を先生方と一緒にケアカレでたくさんつくっていきたいと思います。