「パリタクシー」

92歳のマダムとタクシー運転手との間にパリで生まれた人生の物語。自宅を売り払い、老人ホームへと向かうマドレーヌからの依頼を受けたのは、1年間で地球を3周するほどタクシーの仕事をせざるを得ない、金なし、時間なし、免停寸前の中年男シャルル。最初はパリの反対側まで行くのを面倒くさく思ったり、途中で思い出の場所に寄ったりするのを渋っていたシャルルですが、マドレーヌの若かりし頃の波乱万丈の人生を聞くうちに、興味を持ち始めます。次第に自分の話もするようになり、ふたりは打ち解けていきます。パリの美しい街並みを背景に、タクシーの中で繰り広げられる会話と回想シーンが見事に織りなされ、私たちはそれぞれに忘れられない思い出があり、それが人生を形づくっていることを知るのです。この映画はたまたまパリを舞台にしているから「パリタクシー」ですが、「介護タクシー」だとしても十分にあり得るストーリーなのではないでしょうか。

 

冒頭にて、シャルルが横入りしてきた車の運転手に対してクラクションを鳴らし、罵声を浴びせるシーンがあります。まさに私が2019年にパリを旅したときと同じ光景で臨場感が高まりました。パリというと、文化的で、物音ひとつしない静かな街という勝手なイメージを抱いていましたが、実際のパリは車のクラクションやパトカーのサイレン等が鳴り響いている騒がしい街でした。今から思えば、パリで暮らす人たちの余裕のなさ(経済的にも時間的にも)を象徴していたのです。

 

 

シャルルも例にもれず余裕のないタクシー運転手でしたが、寄り道をしながらマドレーヌの人生の物語に浸っていくうちに、少しずつ心境に変化が訪れます。途中でマドレーヌが中華料理店でトイレを借りるシーンがあります。タクシーを道端に少し止めただけなのですが、後ろの車たちが通れず詰まってしまい、クラクションを鳴らされます。普段のシャルルなら慌てて急かしたかもしれませんが、ゆっくりとマドレーヌを車に乗せ、落ち着いて発車したのでした。自分のおよそ倍にあたる人生を歩んできたマドレーヌと話したことで、自分の人生を俯瞰的に見る余裕が持てるようになったのです。人生も旅もいろいろあって面白いのだけれど、終わってみると「すべてが一瞬だった」と思えるのでしょう。

最近は、湘南ケアカレッジの卒業生さんたちの中でも介護タクシーを始める方が増えています。どこか遠くへと旅行したいという利用者の願いに応えたいと思って開業しても、自宅から病院への通院が多いのが現状かもしれません。それでも、短い時間でも少しの会話はできるはずです。自分とは生きた時代が違う人たちと話すことは刺激的ですね。今となっては当たり前のことが、当時はそうでなかったり、その逆もまた然り。50年も経てば、時代は大きく変わります。私たちはたまたま今の時代に生きているだけで、今の常識や価値観しか知らないのです。そしてもし私たちが歳を取って、自分たちの半分ぐらいの年齢の人たちに話をする機会があれば、それは彼ら彼女たちにとって興味深く、学びも多いのだと思って話をしてあげましょう。それが彼ら彼女たちの人生を大きく変えることもあるはずです。