昨日とは違う席に座る

湘南ケアカレッジでは、いつも違う席に座ってもらうようにしています。どういうことかと言うと、席が決まっているわけではなく、毎回違う席に座るように働きかけているということです。ともすると、私たちはいつも同じ席に座ってしまいます。意識しているわけではないのですが、人間の習性として、いつもと同じ行動を取ってしまうのです。研修の初日に一番後ろの席に座った人はずっと後ろに座りますし、前に座った人も同じです。教室に来る順番(時刻)も実は皆さんほぼ同じなので、そのままにしておくと、毎日同じ順番に同じ席に座って授業がスタートするということになりかねません。それの何が問題なのかと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、毎日同じであるよりも、昨日とは違う1日を生きることの方が大切であると思うのです。

毎日同じ席に座ると、毎日同じ人が周りにいて、同じ環境で過ごすことになります。それが安心につながるのかもしれませんが、せっかく15日間しかない介護職員初任者研修ですから、できるだけ多くのクラスメイトと接する機会を得てもらいたいのが学校としての気持ちです。もっと長いスパンで考えれば、固定された環境や人間関係だからこそ深められるものもあるのは確かですが、15日間という日数を考えると、人との接点を広く取ることを優先するのが良いと思います。今まで出会えなかった人たちと接し、様々な考え方や意見に触れてもらいたいと願います。そうすることで、自分の世界が広がるはずです。

 

 

違う席に座ることは、出会いや環境を自ら変えるという意味で分かりやすいのですが、実は普段の私たちの行動にも同じことが当てはまると思います。意識をしていないと、私たちは同じ時間に起き、同じ時間に出発し、同じ電車に乗って、同じ道を歩いて、同じ人たちに会って、同じように仕事をして、同じように家に帰って、同じテレビを観て、同じ会話をして、同じ時間に寝るという毎日を過ごしてしまいます。それはそれで悪くはないのですが、そんな日常があまりにも続きすぎると、私たちは何も変わることなく、日常は色あせてしまい、気がつくと歳だけは取っていたということになりかねません。

 

私の大好きな「アバウト・タイム 愛おしい時間について~」という映画があります。過去に何度でもタイムトラベルができる主人公ティムが、好きになった女の子にボーイフレンドができる以前にタイムトラベルし、先に出会って、パーティーから連れ出し、ついには結婚して子どもが生まれるという恋愛ストーリーです。ティムの父もタイムトラベルができるのですが、父は息子に「毎日を2度過ごせ」とアドバイスします。最初は普通に過ごし、2度目も同じように過ごしてみる。すると最初は自分のことに精一杯で世界の素晴らしさに気付かなかったのに、2度目には余裕が出てきて人生を楽しめると言うのです。

 

こんなシーンが印象に残っています。ある日の朝、ミーティングに遅れそうになったティムと同僚は、走って現場までたどり着き、何とか間に合ったと思いきや、ミーティングでは上司から同僚がこっぴどく罵られ、落胆してしまいます。そこでティムはタイムトラベルをして、2度目を過ごしてみます。朝は慌てながらも、周りの景色の美しさを同僚と共有し、ミーティングで上司に罵られる同僚にジョークを言ってその場を和まします。同じ日常の場面でも、2度過ごしてみることで、見える景色や自分や周りの人々の気持ちのありようも、まるで違うことに気づくのでした。

 

もちろん、実際に私たちはタイムトラベルをして、毎日を2度過ごすことはできません。そうではなくて、この映画が伝えたかったのは、2度目を過ごすように毎日を過ごそうということです。最初は何ごともなく通り過ぎてしまった日常の美しい光景を見つけ、最初は気づけなかった他人の感情を気にかけ、最初はできなかった行動を勇気をもってやってみる。上手く説明するのは難しいのですが、もしやり直しができたとしたらこうするだろうという気持ちを最初から持って、人生の大切な時を生きるということです。

 

湘南ケアカレッジの生徒さんを見ても、いつもと違った席に座ろうとする方は頭が柔らかいと感じます。その逆も然りです。いろいろな人たちと接して、昨日とは違う1日を過ごそうとするから頭が柔らかくなるのか、もともと頭が柔らかいから、いろいろな人たちと接して、昨日とは違う日々を生きることができるのか、鶏が先か卵が先か分かりません。環境や人間関係だけではなく、思考さえも凝り固まってしまうことのないように、いつもと違う席に座ろうとしなければいけないと思います。私たちはいつもと少し違う席に座ってみることで、2度目を過ごすように毎日を過ごすことができるのではないでしょうか。

 

 

たとえばいつもとは少し違う場所に行ってみたり、違う人に話しかけてみたり、違う行動を取ってみようとすることです。同じ日常を生きているように見えても、本人の中では昨日と違う1日に見えていればそれでOKです。ほんのわずかな変化で良いのです。新しいお店に行ってみたり、新しい服を着てみたり、新しいことにチャレンジしてみたりすることです。いつもと違うことをするのはちょっとしんどいと感じるかもしれませんが、そうした行動の積み重ねが私たちの出会いを広げ、思考の幅を拡げ、世界を大きくしてくれるのです。あまり変わり映えしない日常の中でも、昨日と違う1日を生きようとする意識があるかどうかで、10年後の自分の人生は大きく変わってくるのではないでしょうか。そんな大それたことを、ケアカレの違う席に座ることから学ばせてもらいました。