介護職や看護職などの対人援助職は、まず何よりも自分自身が幸せでいなければなりません。逆説的ですが、自分が幸せではないのに相手を幸せにすることなどできませんし、自分が幸せだからこそ、相手を幸せにすることができるのです。にもかかわらず、卒業生さんたちの話を聞いていると、現場で最前線に立つ対人援助職の人たちの幸せがずいぶん後回しにされている気がしてなりません。
相手を受け入れる姿勢は大切ですが、その前に自分たちが他者から受け入れられている必要があります。自分たちは認めてもらえていないのに、たとえお客様とはいえども、他者に寛容であり続けることはさすがに難しいのではないでしょうか。対人援助職は、聖人でも奴隷でもなく、ひとりの人間なのです。
対人援助職は評価の基準があいまいであるため、認められにくい面があるのはたしかです。営業や経営のように数値目標を設定し、結果が出る仕事とは異なり、何を以て達成や成功と言えるのかの基準があってないようなものです。対象者を幸せにできたかどうかが大切ですが、それを数値化することができないため、評価することが難しいのです。結果として、対人援助職はできたことや良かったことは認めてもらいにくく、できないことや失敗を指摘されて責められるようになりがちです。そんな仕事のあり方が続くと、対人援助職は自分のマイナス面にばかり目が行くようになり、次第に心を病んでいきます。そして、やりがいを感じられなくなっていくのです。
「ハッピーピープル・メイク・ハッピーホース」という言葉があります。これは日本の競馬界のトップトレーナーである藤澤和雄調教師が大切にしている言葉です。今から30年以上も前、若かりし藤澤和雄氏は、単身イギリスへと渡りました。偉大なイギリス人調教師プリチャード・ゴードン師のもとで、厩務員として修行を積むためでした。当時は調教師になる野望もなく、英語も満足に話せず、帰るべき場所もなかったので、一日中、馬と共に過ごしたそうです。馬だけは彼の下手な英語を笑わなかったと言います。将来が不安で、精神的に満たされぬ毎日が続きました。
「ハッピーピープル・メイク・ハッピーホース」
ゴードン師のその言葉に藤澤はハッとさせられました。知らぬうちに、ステッキを使ってズブい(鈍い)馬を怒りつけている自分に気づき、そして恥じたといいます。鍛えて馬を強くしようとするなんて人間のうぬぼれであり、馬を人間のペースにはめてしまうなんて人間の傲慢であると。人間にできることといえば、馬に十分な体力がつき、走る気が満ちるまで、笑顔で待つことぐらいなのです。彼は日本に戻り、「馬なり調教」という当時としては革新的な調教法で馬を育て、数々の名馬を誕生させました。
私たちは鏡となって、人だけではなく馬にさえ影響を与えるのです。特に対人援助職は、他者に大きな影響を及ぼす仕事です。それは人が人を教える教育においても同じです。他者を幸せにするためには、まず自分の心持ちが幸せである必要があります。そのためには、自分自身を大切にすることです。甘やかすことではなく、自分の気持ちや感情に素直でいること。共有できる仲間がいること。自分の心の健康状態を観察し、良い状態に保つこと。そして何よりも、互いに認め合える雰囲気や環境が必要でしょう。藤澤調教師の言うように、こうあるべきという自分のべき論に相手を当てはめるのではなく、うぬぼれや傲慢を捨てて、笑顔で待つことです。それを積み重ねることで、私たちは互いに幸せになっていくのです。