
認知症の最良の治療って何だと思いますか?お薬じゃないですよ。いちばんの治療は私たちのかかわりです。認知症について知り、相手の気持ちを理解することで、自分の発する言葉や態度の一つ一つが意味あるものに変化するのです。自分のかかわりが治療につながる!!認知症について学びたくなってきませんか?
認知症(今回ここではアルツハイマー病のことを指す)とは、脳全体が縮み、変化し、正常に機能しなくなる病気です。そのため、人の名前が思い出せない、食べたことを忘れてしまうといった記憶障害や、今何時か、今いる場所がわからないといった見当識障害が生じます。
でも、ある程度、歳をとったら、物忘れが起こるって自然ですよね?私もよく忘れます。そのため、認知症という病気になっても、年齢相応の物忘れにしか見えずに、日常生活を普通に送られている人は案外多いのです。
病院や施設で働いていると、認知症による記憶障害や見当識障害が進行することで、普通の会話さえも成り立たないといった方をよくみます。しかし、たとえ会話が通じなくても、その方が穏やかに座って笑っているだけで、職員たちは癒されていることも多いのです。
それでは、認知症になることで、何が問題視されるのかというと、何度も同じ訴えを繰り返す、現実には考えられない妄想や幻覚を話す、突然に奇声を発する、1人でどこかへ行ってしまうという、私たちにとって理解しがたい行動です。途端に、癒しの存在から忌むべき存在へと変わってしまうのです。病院や施設に入院・入所してくる方々の多くは、このような行動に対しての治療や、家族の介護負担の軽減(社会的入院)を望まれてやって来ます。
なぜこのような行動が起こるのでしょうか? 認知症の方々の気持ちになって考えてみましょう。たとえば自分が言いたいことが思い出せず、伝えられず、思うように行動ができなかったら、あなたならどう感じますか?繰り返し自分の気持ちを伝えているにもかかわらず、周りの人々が返事だけで何もしてくれない、また返事をしても嫌そうな表情や冷たい口調、態度であしらわれたら不快感を覚えませんか?怒りを感じませんか?もしそのような状況がずっと続くと考えたら、恐ろしくなりませんか?認知症という病気は、何も分からなくなるわけではなく、記憶力は低下しても比較的最後まで感情面は保たれると言われています。自分にとって嫌悪感を抱く感情が過度に続き、精神的に負担を感じた結果として、一連の行動が起こるのです。
かつてこのようなケースがありました。家族の介護疲れもあって入院してきたAさん。昼も夜中も「娘が迎えに来ているから」、「タクシーがそこに来ているから」と話され、病院内をさまよい歩かれていました。また、他人のものをとったり、突然、大きな声を上げることもしばしばありました。
こういった行動が続くと、働いている職員もつい感情が揺さぶられ、一緒になって大きな声を出したりしてしまうのですね。それでも、よく考えてみれば、Aさんの行動は当たり前なのです。だって自分の知らない場所に連れて来られ、帰りたいのに帰り方が分からず、お願いしても誰も連絡を取ってくれないのですから。
スタッフで話し合った結果、本人の気が済むまで一緒に歩き、娘さんがいないことを確認しに外までついて行くことにしました。そうすると、次第にさまよい歩く行動は減ってゆき、「いつもお世話さまです」と穏やかな口調であいさつしてくれるようになったのです。
また、Aさんとのかかわりの中で、昔から家事が好きだったことを知りました。そこで洗濯物をたたんでいただいたり、料理の話を一緒にしたりと、本人の好きなことを楽しむ時間をつくっていったことで、Aさんが笑顔でいる時間も増えたのです。
私たちにとって理解しがたい行動は、私たちが相手の気持ちを理解しないことから起こるのです。つまり、認知症の介護(看護)に携わる人は、理解しがたい行動に対して、相手が何を考えているのか、その行動の意味は何なのかを相手の立場に立って考え、相手のペースで支援を行うことが必要なのです。
私たち自身の態度が変化し、相手に対して真剣に向き合っている姿が伝わることで、認知症の症状が改善していきます。そして、出来ないことに目を向けるのではなく、出来ることに目を向けて、残された能力を維持したかかわりを共に行っていくことが、その人らしい生き方の支えになるのです。認知症介護(看護)にとって最良の薬は、人とのかかわりなのです。
文:藤田省一(看護師)
