「介護や福祉関連の何か良い本ありますか?」という質問に対し、真っ先に勧めているのがこの本です。人生の最後の日々を満ち足りた幸せな思いのうちに過ごしたいと願うなら、「住み慣れたわが家」以上の場所はないというテーマについて語られています。在宅医として1000人近くの方々を看取ってきた新井國夫先生の深い洞察力はもちろんのこと、自ら母親の介護と看取りを経験してきた聞き手安藤明さんの力量が絶妙にマッチし、ほんとうに聞きたいことを、ほんとうに聞きたい人が、ほんとうの答えを教えてくれる人に聞いた、珠玉の1冊に仕上がっています。
この本の素晴らしさは、もくじを辿るだけで分かります。適切な答えを引き出すには、適切な質問がなければなりません。インタビュアーである安藤明さんの実体験に基づいた的を射た問いに対し、現場を知り尽くした新井國夫先生の実にシンプルな回答が素晴らしいのです。
まず第1章では、「死ぬということについて、私たちはどう心づもりしておけばいいですか?」という質問に対し、新井國夫先生は「人は人として死を受け入れてきました」という前提で話を始めます。そして、死へ向かう「身体的な苦痛」はほぼ100%と取り除けるが、「精神的な苦痛」は誰にも取り除けないとします。特に宗教をもたない日本人のほとんどは、心のケアという面で困難に陥ることがある。そこで何に頼るかというと「環境」であると。在宅で死ぬときに、自宅、家族、友人という環境が、自然にそれらの苦痛を取り除いてくれるのではないか、と新井國夫先生は語るのです。
最後の章では、安楽死や延命治療といった、深いところまで踏み込んで論が展開されます。たとえば、胃ろうをつくるか、つくらないかの判断について、新井國夫先生はこう説明します。
最善の医療って、ある局面では、もうそれ以上の医療を行なわないのが最善の医療だ、ということがあるわけです。(中略)頭の機能がまったく全部なくなってしまっていて、自分の役割が何もないにもかかわらず、それに対して抵抗力なく生かされ続けている状態であるのなら、延命するための胃ろうはやるべきじゃないと、僕は思います。
誰もが望む平穏な死を迎えることが難しくなってきている中、もちろん様々な考え方や立場があることを踏まえた上で、実際に1000人近くを看取ってきた医師の言葉だけに重みがあります。
第2章以降は、「加齢によって身体に何が起きるかを知っておく」、「病院信仰を捨てかかりつけ医に在宅医療を頼む」、「医療と介護の公的サービスの現状を知って使いこなす」、「最後の2週間を幸せに生きると心に決める」と、奇をてらうことなく、現実に即した具体的な提案や考え方を、公平中立な態度で教えてくれます。介護や医療の現場に携わる人だけではなく、家族の介護に関わっている人、そして自らの将来の生き方を考えたい人にも、ぜひとも熟読してもらいたい充実した内容です。